7時頃起床。この宿坊に同じく宿泊していた皆さんと朝ご飯を頂いていると、山伏の星野さんら修験者が帰ってきた。早朝の修行を終えて、戻ってきたところだった。彼らの修行の最後となる、勤行を僕らも一緒にとなえさせて頂く。
今日は首都大学の学生さんのゼミの皆さんがやってきた。星野さんが修験道についてお話をされるということなので、一緒に聞かせて頂くことになった。
「山伏はすべて “承けたもう” の精神なんだ。だから人は拒まないのだよ」
昨日の夜に到着したばかりで初対面である僕らを、貴重な祭りに連れていってくれ、寝床を用意してくれ、こういったお話の場にも清々しく迎え入れてくれた星野先達は、そう言って話をはじめた。
「修験道とは、そこに身をおいて初めてわかる学問なんだね。本や映像を見ても、まったくわからない。修験道は生き様そのものなんだ。私自身が何度も身をおいてきているけれど、まだわからない。よく”祈りの言葉は何ですか?”と聞かれるけれど、それは何度何度も身を置いてもやってきて、そうして”わかって”くるものなんです……」
星野さんは優しく、力強い口調で話を続けてゆく。
星野さんはこの羽黒の宿坊「大聖坊」の三男として生まれ、昭和46年25歳のときにこの宿坊を継承した。「尚文」という山伏名を拝命し、現在では山伏の修行体験を指導している。かつて宿坊の村であった羽黒だが、現在ではこのような山伏体験のできるところは、わずかにここ大聖坊のみ。
星野さんは山岳思想や修験道について説き発信するだけでなく、その活動はじつに幅広くて柔軟。自身のほら貝とトランペットで奏者とでコラボレート演奏もしたことがあるそう。
「古きよきものに立ち返りながら、新しくよきものも取り入れていく」
そういった信念のもと、修験道から学び、つながってゆくあらゆる世界の話を伝えている。
修験道とは日本古来の山岳信仰における日本独特の宗教のこと。日本の霊山を修行の場として、深山にこもり、厳しい修行を行う。「山に伏して修行する」という姿から山伏と呼ばれる。
修験道を行っている霊山や社寺は、ここだけでなく熊野など他にもある。だが、ここ羽黒について、星野先達はこう言う。「庶民の匂いがする。完全な民間信仰です。とても素朴な民間の心を感じるのが羽黒修験なんです」。羽黒では、いちばん多いときで336の宿坊があったという。当時の集落の世帯数は約400だというから、なんとここに住んでいた9割は山伏であったことになる。
「修験道とは農業とは切ってもきれない関係にある。出羽三山の祭りはすべて農業と関係しているのだよ。大和の時代から日本の税は米であった。その稲作の技術と共に、農業をするうえでの精神的な世界がずっとそばにあった。権力者の側には必ず精神的な世界を説く修験者がついていた。近世までそういった精神をその役割を修験道が担い、ひっぱってきたんです。日本の原点は農業なんですよ。農業が元気よくなかったら、地域は元気にならない……」と星野先達。
まさにそれが山伏たちの冬の修行、「冬の峰」象徴される。ご神体として興屋聖に備えた五穀に稲魂をつけて100日間かけて五穀豊穣を祈願する。その稲魂のついた稲もみは、お札といっしょに農家に配り、それを農家は春に田植えで大地に返したのだそうだ。
……と、お話しを聞いていると、ちょうど帰ってきた一番弟子を見て、星野さんが立ち上がった。
「おおっ、大三郎が梵天をいただいてきたよ! これはね、十界修行の天狗相撲で5人抜き、10人抜きしないともらえないのだよ。うちからこれを頂いてきたのは2人目なの。そうかそうか……大三郎、たっぷりお酒をのみなさいよ」
星野さんは誇らしげにお山の霊気の宿る梵天を見せてくれた。とてもうれしそうに目を細めて。
一番弟子とは坂本大三郎さん。彼の本職はイラストレータで、3年前からここに通っているそうだ。昨年からは秋の峰に入り、8月は毎日修行していたという。近々「僕と山伏」という本も近々出されるそう、とても楽しみだ。
……山伏のお話はもちろん、庶民の暮らしと農や、さまざまな歴史をお教え頂いた約1時間半、ほんとうにあっという間だった。星野さんに教えて頂いた修験道の精神と業。ここには僕らがもう一度立ち返るべきものがあるように思う。それは目に見えないけれど、とても大切なものに間違いはない。
星野先達、奥様、大聖坊の皆さん、貴重なお話の数々を本当にありがとうございました。
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