中華料理店「Lun Vun」

まだ、僕がキエフに到着する前ナジーラが電話でこのLun Vunという中華のお店の店長と話をしていた。店長は、このプロジェクトにとても興味を示していて、ぜひ僕から直接話を聞きたいと言ってくれた。

廃食油:20リットル
お世話になった店:中華料理店「Lun Vun」、ウクライナ料理「Tsarskoe tselo」

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ついにチキンキエフとご対面

ずーっと、チキンキエフのことは話に聞いていて一度食べてみたいと思っていた。このウクライナ郷土料理専門店『Tsarskoe tselo』で、廃食油をいただいたこともありぜひここでランチにチキンキエフを注文してみようということになった。チキンキエフは注文してから40分かかるという。揚げるのにけっこう時間をかけて調理するらしい。ますます、期待が高まる。


ウエイター、ウエイトレスの衣装は、ウクライナの田舎でこんな格好をしているそうだ。なんだかほのぼのとする感じで気に入ってしまった。油をみんなに入れてもらう。


調理場のコックさん達がプラントに興味をもってくいれたので丁寧に仕組みを説明した。マネージャーや大工道具係の人もとても親切で感じのいい人ばかりだ。なんとここには油をいただきに3回も訪れている。もう、顔なじみだ。



お待ちかねのポトフが運ばれ、つづいてチキンキエフが登場。中は空洞になっていてバターとパセリがドローっと出てきて美味しそうな匂いがただよう。外側の衣はやや固めで歯ごたえがある。鶏肉もたっぷり入っているので食べごたえが充分ある。やっと、念願のチキンキエフが食べられた。この揚げた油がバスコファイブの燃料になっているのだ。モスクワまできっと排気ガスの匂いはチキンキエフの匂いがすることだろう。

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カジノに宝が・・・

8月20日(水) 晴れ 34℃

朝、雄介に1人でレンタカーでSIXTに行ってもらい反応タンクのグリセリンを抜き、遠心分離機に移してもらうことにする。自分は朝からこの旅の記事を連載するコラムの原稿に集中する。ナジーラには、カザフやモスクワの人達に電話して油の手配、宿などのリサーチをしてもらう。

午後4時過ぎ、カジノに向う。以前何度か電話していたのだが、直接カジノに行っても会えないなど、あきらめかけていたところだ。しかし、先日コックのセルゲイさんは電話で油があると確かに言っていた。ここはビリヤード、パブ、ボーリング、カジノ、パーティバー、ストリップバーがあるらしいのだが、ほんとうに油があるのだろうか? ナジーラは、行きたくなさそうなので、ここは男2人でロシア語はまったくだめだが体当たりしてみることにした。玄関では顔見知りになったボディガードに話をつけて中に通される。話は通っているみたいで、バーのウエイトレスにコーヒーにしますか、なにか飲み物を飲みますか? と聞かれ、あれ? 飲み物を飲みにきたんじゃないのだけど、勘違いされているのではないかと思いきや、実はとても丁重にもてなされていたことが後でわかった。出されたエスプレッソは非常にうまい!(最近こんなうまいエスプレッソを味わっていなかった)

しばらくするといかつい体格のコック長のセルゲイさんが現れ、すごく紳士的に地下の厨房に案内される。油はなんと55リットルもあるという。雄介と僕は思わず顔をみあわせた。思わぬ収穫にうれしくて顔がほころぶ。厨房はピカピカにきれいで対応もとてもジェントルマンな方たちばかりでビックリ。カジノというだけで中身を判断してはいけないものだということを学んだ。


その後、SIXTに行ってバッテリーのフィックスにいく。取り寄せたバッテリーが小さいためうまくフィックスできないのだ。SIXTのメカニックに手伝ってもらいなんとか取り付けた。

廃食油:55リットル
お世話になった人:”Maximum“(Sergei Shekun)

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バッテリーが届いた

8月19日(火曜日)晴れ 28℃

ベルギーから調子が悪くなっていたバッテリーを調べたところ、2個あるうちの1個がチャージしていないことがチェコでわかった。2日走らないとバッテリーがあがってしまい、エンジンがかからないという現象が起こっていた。

容量の大きな特殊なバッテリーを積んでいるので、同じ物はトヨタのディラーや一般の車両関係では今までみつからなかった。今回お世話になっているSIXTの会社では黒海に面した街にも支店があるので、マリンボート用のバッテリーを探してもらったところ似たタイプのものを見つける事ができたのだ。さっそく、取り寄せてもらうことになって今日届いたのだ。

ウクライナ料理”Tsarskoe tselo”で22リットル油をもらう。お店の人がバスコファイブをみたいというので21日の午前11時にまた来る約束をする。

以前からナジーラが電話していてくれた”Jemchujina”と言うお店に行く。店長はVladimir Alekseevychという方で、心よく迎えてくれた。店は1年前に始めたそうだ。店の中を案内してくれ、自家製のジュースをご馳走になる。廃食油6リットルをいただく。


ウズベク料理と日本食をやっているという”Shangrila”を訪ねる。店長の計らいで6リットルほどの油が用意されていた。ここもナジーラが電話をして話しておいてもらったところだ。店のマネージャーが気を聞かせて下の厨房に案内してくれた。厨房のコック達はウズベク人が5、6人働いていた。そこの空間だけウズベキスタンに飛んだような雰囲気があった。なんだか不思議な空間だった。とても良い人達でウズベクパンとジュースをごちそうしてくれた。ナジーラは自分の国の隣の国の人達に会えて、なんだかホッとした顔をしていた。やはり同郷の人達に会えたから嬉しいのだろう。



走行距離:0
廃食油:34リットル
お世話になった人:”Tsarskoe tselo”, “Jemchujina”(Vladimir Alekseevych), 日本食とウズベキスタン料理の”Shangrila”(Elena Valer`evna Sherbinkino)

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イオン交換樹脂の洗浄

8月17 日(日曜日) 晴れ 35℃

イオン交換樹脂の清掃の時期が来た。このプラントの中でも重要な装置、イオン交換樹脂は、寿命がある。でも洗浄するれば何度でも使えるすぐれもので、およそ1万キロから1万5千キロ走行したあたりで洗浄が必要になる。これが地球一周の全行程の中で2回目。イオン交換樹脂は特にエンジンに悪影響を及ぼすグリセリンとカリウムを取り除く装置で、このドライフィルタ−の要の部分。でもこの装置は、最初からこの形で販売されているものではなく、手探りで作ったものなので洗浄方法も説明書や解説書があるわけではない。毎回、どうやって洗浄するか試行錯誤でやらなければならないので大変な訳だ。

限られた場所と限られた部品をうまくつかってやらなければならないのでけっこう時間がかかる。まずはイオン交換樹脂をカートリッジから抜くことから始まるが、プラスチックのようなボールの玉はそう簡単に抜く事ができない。ポリタンクにあけてガッシャ、ガッシャとふって洗い、プラントに取り付けて再度薬品を流し、時間をかけて液を流し込み、半日かけて洗浄した。

夕方、ユースケとナジーラは、レストランを回って廃食油を探しに行く。SIXTのパーキングでイオン交換樹脂の洗浄を引き続き行ない、同時に燃料の精製にあけくれる。アパートに帰ったのは夜中の12時だった。

走行距離:0
廃食油:0
お世話になった人:Yuryi Cherkashchenko, Oksana Ohiyevych,

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再びオイル探し

レンタカーに4人乗ってオクサナさんが連絡をとっておいたいただいた店「BELL-VUE」に行く。なんと30リットルの廃食油が用意されているではないか。

次に「STINA」と言う店でも86リットルという大量の廃食油をもらい。大感動。そして、ドイツ料理の店「SHNITSEL」と言う店で10リットル油をもらう。


少し中心部から離れているが、キエフの南側に位置する人気のウクライナ郷土料理店の「TSARSKOE SELO」で23リットルをいただく。今日一日で一気に油が集まり始めて、なんとかモスクワへの道がみえてきた。もどったのは夜の10時を回っていた。疲れたというよりは油が集まった嬉しさで、さっそく部屋で油を濾し始めた。

走行距離:0
廃食油:149リットル
お世話になった人:ベルギービアカフェ”Belle-Vue”、 ベルギービアカフェ”STINA”、ドイツ料理”SHNITSEL”(SHOTOLYUK NATALYA VLADIMIROVNA)、ウクライナ郷土料理”TSARSKOE SELO”(ROMAN NIKOLAEVICH)

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聖ミハエル黄金ドーム修道院


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難航していた油探し

8月16日 (土曜日) 晴天 35℃

ロシアに近づけば近づくほど廃食油は手に入らないと聞いていた。ロシア圏では料理に使った油は最後まで使い切るか、捨ててしまうので油は貯めていないと聞く。

そのためユースケとナジーラには僕が到着する1週間前に、キエフに入ってもらい、廃食油を集め始めてもらっていた。彼らは100件以上の飲食店に電話して問い合わせ、また足で歩いて廃食油を集めにまわったが、1週間たった15日の時点でもまだ廃食油は集まっていなかったのだ。

14日から15日にかけてほとんど寝ずに運転したいたので約12時間バク睡した。午後2時、SIXTに行くと、会社のレンタカーを自由に使って廃食油を集めてくださいと申し出てくれた。考えられないほどのサポートになんて御礼を言えばいいのだろうか。さらに社長秘書のオクサナさんが、油集めに同行してくれた。




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キエフで記者会見が待っていた

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8月15日 
ハンガリーのブダベストから約1200キロ走り続けてキエフに着いたのは、朝の6時過ぎごろ。雄介達がいるアパートに着いたのは8時を回っていた。友人のユーリが今日12時から記者会見を段取りして待っていてくれた。10時半にはアパートを出なければならない。シャワーを浴びて服を着替えて、寝る暇もなくすぐに記者会見の会場に移動する。ほとんど寝ていないのでもうろうとする中、会場に着くと約38のメディアが集まると聞く。テレビ局が8社、その他新聞社、雑誌社などだ。こんなにすごいことになっているとは思っていなかったのでビックリした。
通訳をやってくれるナジーラも、まだこのプロジェクトをすべてを把握している訳ではないので、ぶっつけ本番ということになる。
会場は人が入れないほどの人数にふくれあがり、SIXT社のプレス担当のウラジミールさんが、記者会見の口火を切った。
スクリーンには僕がバイオディーゼル燃料で走った時のビデオを流し、いろいろな記者からの質問にあった。
一通り話しが終わった後、会場の外にとめてあるバスコファイブのところに移動して、今度はプラントの説明や車の説明に入った。店の前の道路がスペースで他の車もとめてあるため、狭く、大変な状況だった。今までの中でこれだけメディアが集まったのは初めてだ。
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キエフで記者会見が待っていた

8月15日 

ハンガリーのブダベストから約1200キロ走り続けてキエフに着いたのは、朝の6時過ぎごろ。雄介達がいるアパートに着いたのは8時を回っていた。友人のユーリが今日12時から記者会見を段取りして待っていてくれた。10時半にはアパートを出なければならない。シャワーを浴びて服を着替えて、寝る暇もなくすぐに記者会見の会場に移動する。ほとんど寝ていないのでもうろうとする中、会場に着くと約38のメディアが集まると聞く。テレビ局が8社、その他新聞社、雑誌社などだ。こんなにすごいことになっているとは思っていなかったのでビックリした。

通訳をやってくれるナジーラも、まだこのプロジェクトをすべてを把握している訳ではないので、ぶっつけ本番ということになる。

会場は人が入れないほどの人数にふくれあがり、SIXT社のプレス担当のウラジミールさんが、記者会見の口火を切った。

スクリーンには僕がバイオディーゼル燃料で走った時のビデオを流し、いろいろな記者からの質問にあった。

一通り話しが終わった後、会場の外にとめてあるバスコファイブのところに移動して、今度はプラントの説明や車の説明に入った。店の前の道路がスペースで他の車もとめてあるため、狭く、大変な状況だった。今までの中でこれだけメディアが集まったのは初めてだ。



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