4/25 「此処より下に家を建てるな」先人の伝え守る村

宮古・重茂の姉吉地区へ。
ここには明治と昭和の大津波を経験した先人たちが建てた石碑がある。
刻まれている言葉は「此処より下に家を建てるな」。
かつでの壊滅的な被害を二度と生まないために、先人が伝えた教訓だ。
この教えを守った、本州最東端に最も近い姉吉地区11世帯は守られた。
今回の津波はこの石碑の下にある海岸を襲い、山道に沿った川をかけ登ったが
この石碑の100m下までの被害ですんだのだ。
石碑のその先へ。道を1kmほど下ると、海岸へ辿り着いた。

右の写真、崖の上のほうに青い網が見える。漁に使っていた網だ。電信柱の遥か上方にあることから、津波の恐るべき高さがうかがえる

本州最東端のとどが崎へと続く湾。
かつてあった浜の姿はまったくなく、様変わりしてしまったという。
「漁の道具もぜーんぶもってかれた。今年はいつもより遅くて、10日からワカメ獲りはじめたの。そのワカメもぜーんぶない……」集落に住むおばちゃんが語ってくれた。
たまたま他の集落にいた4名も見つかっていない。

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4/25 大槌の惨状。空に浮かぶ観光船と足下のがれき

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4/25 崩れた堤防

釜石から大槌へ行く45号線を北上中、両石付近にて。
厚さ2m以上の堤防が、まるで積み木が倒されたように
ゴロンゴロンと転がっていた……。
これが自然災害の力。

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4/25 15年ぶりの再会! @ 釜石

なんと釜石で15年ぶりにコージ君と再会した。
カメラマンのコージ君と初めて会ったのはトルコのカッパドキアのあたり。
僕がバイクでサハラ砂漠を縦断後、インドに向かって走っている途中のことだった。
もう30年も前のことだ。
今回の震災で、幸いにも釜石の彼の実家は無事だった。
3月11日には撮影でインドネシアにいたそうだ。
飛んで帰ってきたけれどガソリンもなく足もなく、
ようやく釜石へ戻れたのだという。
被災地となってしまった釜石で会うことになるとは……
それでも久々の再会はとてもうれしかった。
お土産をありがとう、また会おう!

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4/24 大槌港の漁師「10隻残った」。


「漁港の全財産が、たった10隻になっちまった……」
ここ大槌の港は漁船が700隻が往来し、市場も活気づく漁港だった。
しかし津波の後に残ったのはわずかにこれだけ。
漁師さんがため息まじりに坦々と語った。
「震災後、遺体の捜索に一度船を出したが、スクリューが海中のがれきにぶつかって曲がってしまった」
水中にもがれきの山がある。港は津波で一掃された状態で、船のドックも何もないので、修理もできない。
そんな状況でも漁を再開できたら……と思う気持ちもあるが、現実それも難しい。
魚を買ってくれる業者がおらず、
港に置かれていた大きな冷凍倉庫や設備も全滅してしまったのだ。
現在は残された船を守るために、
漁師の旦那さんは夜は奥さんと離れて、船内で寝泊まりする生活を送っている。
港には高い防波堤がたっている。
その壁を乗り越え、あふれ出すように津波はやってきた。
防波堤の背後にある街は倒壊し、がれきの山と化していた。
港のすぐ内陸にあり、避難所になっている赤浜小学校。
倒壊を免れたものの浸水。泥出しをして、そこに今も100名弱が暮らしている。
小学校の校庭で、海水をあびた桜の木が
もうすぐ満開を迎えようとしていた。
…………………
<<渡したもの>>
缶詰
ホッカイロ
女性用コート
乾電池 など

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4/24 「おさなご幼稚園」ブルーヒーター&弁当箱 お届け

津波により被災。泥出しの後、つい数日前に開園した大槌町「おさなご幼稚園」。
今日はダイニチ工業さんからご協力頂いたブルーストーブ2台をお届けです。
震災前までは、床暖房をとりいれて、園舎を裸足で過ごしていたおさなご幼稚園。
「園児たちが気持ちよく裸足で走り回れるようにしていたが、浸水で床暖房が壊れて復旧のメドが経たない。まだ寒い日が続くので、ストーブがほしい」と園長先生。
他の被災した幼稚園でも、浸水でストーブが流されるなどして暖房器具が不足していた。
そこでツイッターで「ブルーストーブ急募!!」を呼びかけたところ
販売元である”ダイニチ工業”さん がいち早く手をあげてくれたのだ。

上の右の写真。被害をうけて、右側のような小さいヒーターを使用していたが、広々と開放的な部屋にはまったくパワー不足だった。左側がダイニチさんが用意してくれたブルーヒーター、広い部屋にも対応できる業務用のもの。これに囲いのフェンスをつけて使用する。

「こんなに早くブルーストーブがくるなんて夢みたい!」
「2つの部屋はストーブがほとんどない状態。小さなヒーターだけで過ごしていたので、本当に助かります」ととても喜んで、何度も何度もお礼を仰られました。
岩手の沿岸では、6月になっても寒い日にはストーブが必要です。
夏場でも冷え込みが激しい日は炊くこともあるそうです。
ご協力を頂いたダイニチ工業のみなさま、
無事にお届けをさせて頂きました。ありがとうございました。
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上の写真は園長先生。今日はバザー式で地域の皆さんに物資を公開配給する日。
こうして園内にずらりと並べて、必要なものを各自見つけてもらう。
こちらでは園児たちが使用する、弁当箱セットが不足しているとのことで
「弁当箱/はし・スプーン・フォークセット/小皿/巾着袋」
を購入してお届け。
大槌では街も家も幼稚園も流されてしまった。
被災地ではこういった毎日使うような生活小物も不足している。

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4/24 オープンハート 再び。

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4/23 PC・プリンタ届きました @ 気仙沼のお豆腐屋さん

ツイッターの「PC・プリンタ・デジカメ急募!」の呼びかけに応じて
全国の皆さんから物資をお送り頂きました。その中より
舘野さんから送付頂いた デスクトップPC
菊池さんから送付頂いた プリンタ
を、気仙沼の被災したお豆腐屋さん・千葉さんにお届けしました。
千葉さんはリヤカーで手作りお豆腐を販売していました。
家も仕事場もリヤカーも津波で倒壊したけれど、ご家族の命は助かりました。
現在はがれきの山を目の前にしながらも「早くお豆腐の一丁めを作るんだ!!」と
懸命にお豆腐屋さんの復興活動を頑張られています。
(詳しくはココをクリック
……そんな千葉さんより、お礼のレターが届きました ↓……………………
「皆さんのご支援のおかげで一日一日前進しているのを実感できます。
豆腐屋再建は応援してくださるたくさんの方々に応える「心意気」なんだと思います。待望の「第一丁」を作るその日を夢見てこれからも準備して行きますので、これからもどうかよろしくお願いいたします」
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着の身着のまま津波から逃げた千葉さん。
上の写真は、震災時にたったひとつだけ持って逃げた携帯を使って撮影したもの。
舘野さん、菊池さん、ご協力頂いた皆さん、ありがとうございました。

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4/23 1日ボランティアの体験談 @ 遠野発 → 大槌町

ボランティアをしてみたいけれど、どうしたらいいかわからない方も多いはず。
そこで、岩手県のボランティア情報をお知らせします。
<遠野発 → 釜石・大槌方面 への一日ボランティア>
下記は僕らとともに支援をしている仲間が本日参加した
ボランティア体験談をご紹介します。
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<<主な一日の流れは?
◆当日参加の場合、遠野市災害ボランティアセンターに朝7:30までに集合

◆正面入ってすぐ右手に登録窓口。そこで住所・氏名など2枚を書き込むと、自動的に保険も無料で入れて即登録完了。

◆ボランティア内容(泥出し、がれき撤去、足湯)によって希望者を募る。調理の経験があると、炊き出し担当になることもある。数人の仲間の場合、同じグループになれるように配慮してくれる。

◆バスで被災地まで移動約1時間半移動。その日の作業場で作業開始。
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<<今日の様子は?
「遠野のボランティアセンターに7時30に到着、そこまでは仲間の車に乗り合って向かった。今日集まったのは10数人。土曜日だったからか、比較的人数も多かった。10〜20代と50〜60代が半分づつくらい。そのうち1/4は女性だった。
僕らが担当したのは、大槌町にある2階建て5Lくらいの家。1F部分の天井くらいまで水に浸り、泥が積もっていた。まず中の家財を外へ出して、その後泥出しをしていく。スコップや一輪車は用意してあるので、それを使って、指示のある場所へと出していく。
今日はお昼までで一軒をやり終えた。雨が強くなってきたので、本日は半日で終了。バスに乗り込んで、遠野へと戻った」
「泥出しだから当たり前だけど作業はけっこう腰がきつかった。被災地にはお年寄りも多いけれど、とてもじゃないが大変でできない。足場が悪かったり、ガラスが散在していたりと、当然ながら被災地なので危険な面もあるので、無理は絶対にしないのが基本。班ごとに長が決まっているので、その長の統括のもとで、各自分担して動いていく。
ちょっとした雨でも中止になることも多い。作業が始まるときれのいいところまで行うこともあるので、防水カッパはあったほうがよい。」
「今日参加して感じたのは、ボランティアの人数が全く足りないということ。この調子では、ひとつの町内の泥出しが終わるのにいったい何ヶ月かかるか……。まだまだ人材不足です」
「基本的に身に付けるものは、自分の体に合ったものがあったほうが作業がしやすい。昼食や飲み物は自分で用意していく。自分のことは自分で用意が基本」
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<<用意するものは?
・貸し出してくれたもの…簡易マスク、ヘルメット、防護めがね、カッパ
<<持参したほうがいいもの…
◎防塵マスク(支給品は簡易マスクしかない。晴れの日は粉塵がものすごいので、防塵タイプがあったほうがよい)
◎長靴(とくに安全靴タイプがあったらベター)
◎カッパとゴム手袋(体に合ったサイズを自前したほうがよい。ほとんどの人が自前している)
◎昼食・飲み物
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<<遠野市災害ボランティアセンターの場所
遠野市災害ボランティアセンター(遠野市社会福祉協議会) 
住所:〒028-0541 遠野市松崎町白岩字薬研淵1-3 市総合福祉センター内
電話:0198-62-8459 
FAX :0198-62-9311
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<<宿泊は?
基本的に自分で用意する。キャンプできる場所はない。
遠野の宿が満室の場合は、花巻や周辺の宿を利用して、遠野の集合場所へとマイカーで向かうのがよい。
短期で体力に自信があれば、お風呂は温泉(花巻にある)などを利用し、車で寝泊まりするボランティアもいる。

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4/22 再園する「みどり幼稚園」の柵作り

大槌町で被災した「みどり幼稚園」が、
新たな場所、大槌高校に上がる坂の途中の元合宿所で再園することになった。
昨日の夕方、園長先生と電話で話していると「じつは……庭に2〜3mの高さのある斜面があるが、柵がなくて困っている……」とのこと。
ちょうど現在、仲間に大工が2人いたので、すぐに打ち合わせをしてからホームセンターへ飛び込み、材料を調達。早速今日の午後から柵作りをすることになった。




最後は今日の親方、みちくんが周囲に落ちていた枝を使って、ちょっとおもしろい扉ができました。
「自然の形にかなうものはない。いちばんかっこいいと思う」とみちくん。
大工さん2人+素人6人の計8名で、
全長約60mほどの柵を、わずか半日で完成させることができました。
出来上がった柵を見て「園児たちがここで走り回って遊ぶ姿が目に浮かびます。想像していた通りの柵ができました」と園長先生。その優しい笑顔が忘れられません。
「みどり幼稚園」、新たに28日から開園です。

▲右下が園長・佐々木先生。開園へ向けて、保育士さんと共に朝から晩まで奔走されています。
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