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4/25 活動リポート
陸前高田・米崎保育園で無料バザーに参加。
会場には物資がたくさん並び、とても賑やか。
◎子ども用シューズのほかに、
◎ゴム短シューズ
◎男性下着×2箱
◎長靴(22.5×1、23.5×2、24×1)
◎ポンチョ
◎レトルトカレー 40食&レトルトおかず
以上をお渡しした。
保育園のバザーといっても、物資は子ども用だけではない。じつは保育士の先生方も非常に困っている。仕事が始まっているので、避難所で行われる平日昼間の配給日には足を運べず、開園後で土日も忙しい。家も車も流されてしまった先生は、避難所生活で移動手段がない。園に通ってくるご家族を優先して、自分は後回しに。そうするうちに、食料も底をついてくる。そんな先生方へレトルトおかずをお渡しすると、とても喜んで頂いた。
まだまだ他の保育園でも同じような状態を耳にする。困っている先生方がたくさんいらっしゃるはずだ。
↑(左)下着が必要だった男性職員に下着を。他にも必要としているご近所さんに配って頂くことに。(右)手鏡とブラシセットは「職員の中でほしい方がいる」とのことでお渡し
↑(左)こうして先生方へレトルト食品を差し上げると、ありがたいととても喜んで頂いた。自宅は流されずにすんでも水をかぶって食事に不便をしている方や、家が流され親戚宅に身を寄せており、なかなか食事に気を遣う方もいるのだ。
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4/25 「此処より下に家を建てるな」先人の伝え守る村
宮古・重茂の姉吉地区へ。
ここには明治と昭和の大津波を経験した先人たちが建てた石碑がある。
刻まれている言葉は「此処より下に家を建てるな」。
かつでの壊滅的な被害を二度と生まないために、先人が伝えた教訓だ。
この教えを守った、本州最東端に最も近い姉吉地区11世帯は守られた。
今回の津波はこの石碑の下にある海岸を襲い、山道に沿った川をかけ登ったが
この石碑の100m下までの被害ですんだのだ。
石碑のその先へ。道を1kmほど下ると、海岸へ辿り着いた。
右の写真、崖の上のほうに青い網が見える。漁に使っていた網だ。電信柱の遥か上方にあることから、津波の恐るべき高さがうかがえる
本州最東端のとどが崎へと続く湾。
かつてあった浜の姿はまったくなく、様変わりしてしまったという。
「漁の道具もぜーんぶもってかれた。今年はいつもより遅くて、10日からワカメ獲りはじめたの。そのワカメもぜーんぶない……」集落に住むおばちゃんが語ってくれた。
たまたま他の集落にいた4名も見つかっていない。
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4/25 崩れた堤防
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4/25 15年ぶりの再会! @ 釜石
なんと釜石で15年ぶりにコージ君と再会した。
カメラマンのコージ君と初めて会ったのはトルコのカッパドキアのあたり。
僕がバイクでサハラ砂漠を縦断後、インドに向かって走っている途中のことだった。
もう30年も前のことだ。
今回の震災で、幸いにも釜石の彼の実家は無事だった。
3月11日には撮影でインドネシアにいたそうだ。
飛んで帰ってきたけれどガソリンもなく足もなく、
ようやく釜石へ戻れたのだという。
被災地となってしまった釜石で会うことになるとは……
それでも久々の再会はとてもうれしかった。
お土産をありがとう、また会おう!
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4/24 大槌港の漁師「10隻残った」。
「漁港の全財産が、たった10隻になっちまった……」
ここ大槌の港は漁船が700隻が往来し、市場も活気づく漁港だった。
しかし津波の後に残ったのはわずかにこれだけ。
漁師さんがため息まじりに坦々と語った。
「震災後、遺体の捜索に一度船を出したが、スクリューが海中のがれきにぶつかって曲がってしまった」
水中にもがれきの山がある。港は津波で一掃された状態で、船のドックも何もないので、修理もできない。
そんな状況でも漁を再開できたら……と思う気持ちもあるが、現実それも難しい。
魚を買ってくれる業者がおらず、
港に置かれていた大きな冷凍倉庫や設備も全滅してしまったのだ。
現在は残された船を守るために、
漁師の旦那さんは夜は奥さんと離れて、船内で寝泊まりする生活を送っている。
港には高い防波堤がたっている。
その壁を乗り越え、あふれ出すように津波はやってきた。
防波堤の背後にある街は倒壊し、がれきの山と化していた。
港のすぐ内陸にあり、避難所になっている赤浜小学校。
倒壊を免れたものの浸水。泥出しをして、そこに今も100名弱が暮らしている。
小学校の校庭で、海水をあびた桜の木が
もうすぐ満開を迎えようとしていた。
…………………
<<渡したもの>>
缶詰
ホッカイロ
女性用コート
乾電池 など
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4/24 「おさなご幼稚園」ブルーヒーター&弁当箱 お届け
津波により被災。泥出しの後、つい数日前に開園した大槌町「おさなご幼稚園」。
今日はダイニチ工業さんからご協力頂いたブルーストーブ2台をお届けです。
震災前までは、床暖房をとりいれて、園舎を裸足で過ごしていたおさなご幼稚園。
「園児たちが気持ちよく裸足で走り回れるようにしていたが、浸水で床暖房が壊れて復旧のメドが経たない。まだ寒い日が続くので、ストーブがほしい」と園長先生。
他の被災した幼稚園でも、浸水でストーブが流されるなどして暖房器具が不足していた。
そこでツイッターで「ブルーストーブ急募!!」を呼びかけたところ
販売元である”ダイニチ工業”さん がいち早く手をあげてくれたのだ。
上の右の写真。被害をうけて、右側のような小さいヒーターを使用していたが、広々と開放的な部屋にはまったくパワー不足だった。左側がダイニチさんが用意してくれたブルーヒーター、広い部屋にも対応できる業務用のもの。これに囲いのフェンスをつけて使用する。
「こんなに早くブルーストーブがくるなんて夢みたい!」
「2つの部屋はストーブがほとんどない状態。小さなヒーターだけで過ごしていたので、本当に助かります」ととても喜んで、何度も何度もお礼を仰られました。
岩手の沿岸では、6月になっても寒い日にはストーブが必要です。
夏場でも冷え込みが激しい日は炊くこともあるそうです。
ご協力を頂いたダイニチ工業のみなさま、
無事にお届けをさせて頂きました。ありがとうございました。
…………………………………………………………………………………
上の写真は園長先生。今日はバザー式で地域の皆さんに物資を公開配給する日。
こうして園内にずらりと並べて、必要なものを各自見つけてもらう。
こちらでは園児たちが使用する、弁当箱セットが不足しているとのことで
「弁当箱/はし・スプーン・フォークセット/小皿/巾着袋」
を購入してお届け。
大槌では街も家も幼稚園も流されてしまった。
被災地ではこういった毎日使うような生活小物も不足している。
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4/23 PC・プリンタ届きました @ 気仙沼のお豆腐屋さん
ツイッターの「PC・プリンタ・デジカメ急募!」の呼びかけに応じて
全国の皆さんから物資をお送り頂きました。その中より
舘野さんから送付頂いた デスクトップPC
菊池さんから送付頂いた プリンタ
を、気仙沼の被災したお豆腐屋さん・千葉さんにお届けしました。
千葉さんはリヤカーで手作りお豆腐を販売していました。
家も仕事場もリヤカーも津波で倒壊したけれど、ご家族の命は助かりました。
現在はがれきの山を目の前にしながらも「早くお豆腐の一丁めを作るんだ!!」と
懸命にお豆腐屋さんの復興活動を頑張られています。
(詳しくはココをクリック)
……そんな千葉さんより、お礼のレターが届きました ↓……………………
「皆さんのご支援のおかげで一日一日前進しているのを実感できます。
豆腐屋再建は応援してくださるたくさんの方々に応える「心意気」なんだと思います。待望の「第一丁」を作るその日を夢見てこれからも準備して行きますので、これからもどうかよろしくお願いいたします」
………………………………………………………………………………
着の身着のまま津波から逃げた千葉さん。
上の写真は、震災時にたったひとつだけ持って逃げた携帯を使って撮影したもの。
舘野さん、菊池さん、ご協力頂いた皆さん、ありがとうございました。
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