5/22「瓦礫が襲ってきた」タケさんの体験とカメラ

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織笠保育園の避難所で行ったメイク会。そこで先生方やおばあちゃんなどメイクしてもらっている姿を一人一人携帯で撮影している男性がいました。
「ここの先生方は写真が大好きだから…」
「でもこの携帯じゃあ、うまく撮れない…」とつぶやきながら。
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気になったのでこのタケさんに声をかけると、「ポケットにビデオと携帯を入れていたが、流された…」と体験談をお話はじめました。
現場で直にお聞きするのは初めてだったので、その恐ろしさを実感しました。
地震直後のことです。
「本震後、近所の叔母を迎えに行き家へ連れ帰った。すぐ目の前の高台にある保育園の園庭から海を見ていたら、大きな水柱が立ったのが見えた。みるみる水門が決壊したかと思うと、津波は方向を90度変えてこちらへ向かってきた。水は全然見えず、瓦礫が襲ってくるという感じだった。慌てて保育園の階段を降りたはずだが覚えていない。家へ飛び込み、2階にいた寝たきりの母と叔母を左右にかかえ、妻を後ろに従えた
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水はすぐに2階に上がってきて、母達に水を飲ませないように持ち上げたところ、自分は額まで水に浸かった。古い家屋だったため、2階部分がビスで止まっただけの構造。それが外れて、2階が流れ出し近くの家にぶつかって止まった。窓から逃げだし、この細い木につかまって九死に一生を得た。家族も無事に済んだ。ベッドが浮いて、その上にあった服が濡れていなかったので、おばあさんの服を着替えさせた。
保育園は石垣のところまで水に浸かった。皆が集まってきたが全員ずぶ濡れ。雪まで降ってきたが着替えがない。先生方のロッカーにあったものや、ステージの緞帳、カーテンを巻いて過ごした。周囲の家は、ここもあそこも誰と誰が…と犠牲者が出ている。幼児を水の中から救い出し、懸命に人工呼吸をして助けたというパパも、この避難所にいる」
「携帯とビデオは流され、赤い携帯は娘に頼んで買ってもらったがなかなかピントが合わない。ここの先生方はみんな写真が大好き。子供達の記録も撮りたいと思っている」
そうお聞きして、物資として送られてきたコンパクトデジカメをお渡ししました。
早速、カメラ片手にパシャリ、パシャリ。
「みんな写真が好きだから」と今まで携帯で誰よりもたくさん撮影記録してきたタケさん。これからはコンデジで撮影ができます。
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送り主は神戸の今井さん。16年前の阪神大震災を経験された方です。
「今は信じられないかもしれませんが、必ず復興できます。あきらめないで…」のメッセージを、タケさんはしみじみと読まれていました。

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